盛岡西ロータリークラブ会長コラム(23年7月~24年6月)

第39回例会 会長あいさつ「退職代行とはなんぞや?」(2024年5月16日)

今年から再び盛岡西ロータリークラブの会長となりました。 会長挨拶をホームぺージでもご紹介いたします。

朝ドラ「虎と翼」をご覧になっていますか。主人公の猪爪寅子(ともこ)は、疑問に思うと「はて・・・」と首を傾げて、それから疑問なり意見を言うのも見どころです。

最近私が、「はて・・・」と思った朝日新聞の記事がありました。5月15日26面に「2万4千円で辞められるなら 退職代行いま繁忙期」という目を引く記事がありました。「退職代行」業にスポットを当てた記事です。皆さんはたいてい経営者側で労働者を雇用する立場にあると思います。従業員本人からではなく、いきなり「退職代行」と称する第三者から、従業員の退職を知らせてきたらどうしますか。

労働者には退職の自由があります。日本国憲法は「職業選択の自由」を保障していますから、職業選択する上で退職する自由も保障されているということになります。そのため労働者の退職の自由を雇用主が妨害することは違法行為になります。

ここで退職の一般的なルールを少しおさらいしておきます。正社員は定年の定めはあるとしても、期間の定めのない雇用契約になります。この場合は、労働者はいつでも解約すなわち退職の申し入れができて、雇用主が不満でも2週間が契約すれば雇用契約が終了します。もちろん、雇用主が2週間を待たずに了承すれば、即時退職となります。

期間の定めのない雇用契約の中でも、退職するときは原則として2か月前にその意思表示をすることという就業規則もあります。退職の自由をどの期間束縛できるのかという問題がありますが、この場合は2か月後が退職日となるので、雇用主が雇用期間を勝手に延長したりすることはできません。

一年と定めたような有期の労働契約では、期間途中での雇用契約の解約は「やむを得ない事由」がなければなりません。雇用主にとってそれなりの理由があって短期で雇っているということがあるからですね。しかし、急に田舎の親の介護が必要になったとか、他に条件がいい仕事が見つかったとか、「何がやむを得ない理由」として認められるかは難しい問題です。しかし「やむを得ない理由に当たらない」と雇用主が判断して、いつまでも辞めさせないということは結局できないでしょう。雇用主は、後に損害賠償など裁判で争うことができなくはありませんが、現実問題としてはそこまでやるような事案はないような気がします。

以上の知識を前提とすると、有料で退職代行を依頼するすることは必要なのでしょうか。まず、「代行」というのは、「Aさんは辞めたいと言っています」とAさんの代わりに告げるだけの伝達行為であって、Aさん退職に伴う交渉を任される代理人とは異なります。人を使わなくても本人が直接、口頭か文書で退職の意思表示をすれば、先ほど述べた退職と言う法律効果が生じます。それを雇用主が拒絶した場合には、労働基準監督署に駆け込めば済むことです。

ところが、法律知識がない人、、気が弱くて雇用主に直接退職と言えないような人が、ネットで退職代行の記事を見つけたら、有料であっても依頼したくなる心理状態になるのも無理はありません。朝日新聞の記事では、4月だけで631件の依頼があった業者名が出されていました。1件2万4000円として月の売上は何と1514万4000円にもなります。ネットの宣伝力を使って法律知識のない気が弱い労働者から金儲けしているとしか考えられません。退職には、それに伴う諸々の手続きもあります。もし労働者に未受領の賃金があった場合は、弁護士法上、代行業者は交渉の権限がありません。その結果、代行業者に依頼した労働者は、本来の権利の実現ができずに泣き寝入りしてしまう可能性もあります。

朝日新聞の記事はそこまで踏み込むことなく、わずかに「訴訟や金銭問題など、対応できないトラブルもある。」と書かれているだけでした。新聞記事を見て、退職代行を初めて知り、ネット検索で業者に依頼するケースがむしろ増えるのではないかと思います。新聞記事は退職代行業の宣伝に寄与しているとしか思われません。しかも「同じ退職代行業者に努める人からの依頼が入った。」と笑い話のオチみたいな一文で締めくくっているところに、記事の悪質性があると感じました。

試しに、ネットで「退職代行」を検索すると、とんでもなくたくさんヒットしました。中には、法律事務所の「退職代行」の宣伝もありました。弁護士が退職代行業者と競合しながら「退職代行サービス」を行うというのは違和感があります。弁護士は依頼者の代理人として、依頼者と長時間かけて打合せした結果、退職を含む労働契約上の条件を交渉するのが業務内容です。依頼者から「手数料」だけ頂いて、本人に代わって会社に対して退職の意思を伝えるだけの業務をすることはあり得ません。それでも民間の業者によりはマシという位置付けなのでしょうか。もし弁護士資格を持たない者が業として法律事務を行った場合は、非弁行為として弁護士法で罰せられることがあります。弁護士がこれらの業者に名前を貸し、あるいは仕事を貰っている場合にも、非弁提携として弁護士資格を失うことがあります。今回の朝日新聞の記事は、労働者の退職の自由という法的知識を言わないで、単なる世相として書かれている印象があり、大いに疑問を感じました。

ゴールデンウィークと創立記念総会でしばらく通常例会での挨拶がなかったので、取り上げたいテーマが他にもありましたが、昨日の朝日新聞の「退職代行」の記事は、退職代行業も記事内容も問題があると思って、つい取り上げてしまいました。

以上で、会長挨拶を終わります。

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